播磨灘のカキ 森からの恵みが海を育む

播磨灘のカキ 森からの恵みが海を育む

冬の季節風がない日、播磨灘の入り海にはなんとも穏やかな時が流れる。陽光で光る海面に、竹を組んだ筏(いかだ)が間隔を空けて浮かぶ。先に見えるのは家島諸島などの島々。筏に横付けされた船が海中のロープを引き上げると、たくさんのカキを入れた網かごが姿を現した。半年余りで大きく育ったカキは、播磨の森と川と海の豊かさを実感させてくれる。

 

 付着物を掃除した後に海中につり直す「活(い)け込み」を終えて水揚げされるカキ=たつの市沖

 

 

「播磨五川」と湧き水

 

 播磨灘でカキの養殖が本格化したのは、昭和50年代のことだ。相生、赤穂に続いて姫路市の坊勢、網干、たつの市の室津、岩見、さらに高砂へと産地は急速に広がった。年間生産量は8千トン前後で広島、宮城、岡山に次いで全国4位を誇る。

 各漁港には生産者の直売所が並び、炭火焼きの店舗も増えている。JR播州赤穂駅や相生駅の周辺には、定番のカキフライのほか、「カキオコ」と呼ばれるお好み焼き、鍋やピザなどの料理が味わえるレストランが多数ある。

 

 後発で全国的にはまだ知名度は低いが、「大粒でふっくら」「加熱しても身が縮みにくい」など、その評価は着実に高まっている。

 高品質とされる理由はどこにあるのだろうか。兵庫県立水産技術センターの谷田圭亮さんに聞くと、「まず播磨灘はとても栄養が豊かなんです」と答えた。

 カキを育む海の養分は植物プランクトンの量に表れる。播磨灘には中国山地に発する千種川、揖保川、夢前川、市川、加古川の「播磨五川」と海底の湧き水を通して、森林から栄養が流れ込む。植物プランクトンのクロロフィルの平均的な指標濃度をみると、播磨灘は1リットル当たり3・4~6・5マイクログラム。これは広島や岡山の2倍以上の値という。

 

 

 「1年カキ」

 

 播磨灘のキャッチフレーズでよく見るのが、「1年カキ」という言葉だ。夏の養殖開始から収穫までが半年~1年弱と、短期間であることを意味する。収穫まで2年以上かかる産地もある中、成育環境の良さや栄養分の豊富さ、くせのない風味を売りにする。

 もちろん、課題もある。「種板」と呼ばれる、カキの幼生が付着したホタテの貝殻の多くを、県外から購入していることだ。

 「種ガキを育てるには潮の干満が大きな場所が必要で、播磨灘には少ないことが一番の理由」と谷田さん。種板は他県の種苗生産の好不調で価格が変動し、しばしば経営を圧迫する。1枚10~13円ほどの種板が、80円に高騰する年もあったという。

 

 

シングルシード

 

 

 専用のかごで育ったシングルシードのカキと冨田虎太郎さん=赤穂市沖

 

 地場産種苗の確保が大きな課題となる中、広がりつつあるのが、オイスターバーなどで見かける小ぶりの「シングルシード」。水産技術センターと生産者によって、独自の自家採種と生産の技術が開発された。

 海中に漂う幼生をペットボトルに付着させ、大きくなるとオーストラリア製のかごに入れて海中で育てる。波で転がりながら成長するので、丸っこくて深い殻になる。

 シングルシードを販売する冨田水産(赤穂市坂越)の冨田虎太郎さんは「小さめであっさりした味なので、生カキは苦手という人でも食べやすいと言ってもらえる」と販路開拓に手応えを感じている。

 

海底環境を守る

 

 カキの筏と島々が浮かぶ瀬戸内海=たつの市沖

 

漁場を守る活動もしっかり取り組まれている。疲労回復に効果のあるタウリン、グリコーゲンや亜鉛、ビタミン類など、カキは栄養の塊だが、大食漢ゆえ排出物も多く、放置すると海底の環境が悪化する。

 このため、海水が通りやすいように筏の間隔を十分にとり、漁期が終わると筏を移動して堆積物を清掃して漁場を休ませ、リフレッシュさせる。

 また、腐敗して漁場劣化の要因にもなる「落ちガキ」対策も進めている。

 室津漁協の生産者、磯部公一さんらのグループは、大きく成長すると海底に落ちてしまうカキを受け止める「落ちがきキャッチャー」を考案。傘を逆さにしたような直径1・5メートルのネットを張ることで、全体の2、3割にもなる落ちガキの多くを失わずに済む。

 生産性を高めながら海の環境を守る取り組みは2015年、全国青年・女性漁業者交流大会で農林水産大臣賞に選ばれた。「豊かな海で、ずっとカキを育てられるよう環境保全への意識を高め、森林と海の資源循環を促す取り組みも進めていきたい」。磯部さんは地域の自然全体に目を向ける。

 今年は、カキの成長に必要な海水温の低下やプランクトンの良好な成育で、豊作となっている。悩ましいのは、新型コロナウイルス禍による飲食店の需要減だ。一方、スーパーなどで家庭向けに殻付きのカキを販売するなど、新たな消費も広がっている。

 殻付きが手に入ったら、ぜひ試してほしいのが酒蒸しだ。広くて浅い鍋に並べたカキをひたす程度に日本酒を注ぎ、火にかける。恵まれた漁場を守る生産者の地道な取り組みを思い浮かべながら、兵庫の自然の力が凝縮された風味をぜひ味わってみてほしい。