ベニズワイガニ 朱色鮮やか 深海の恵み
日差しが和らいだ午後4時半、兵庫県香美町の香住漁港でベニズワイガニの水揚げが始まった。朱色の体が夕日に染まり、一層色鮮やかになる。「深海の赤い宝石」とも呼ばれるこのカニを捕るのは、関西では香住のみで「香住ガニ」として売り出している。多彩な食のテロワールの物語が詰まった兵庫。今回は夏や春も独特の甘さが楽しめる、ベニズワイガニの世界を掘り下げたい。
水深2700メートルまで
香住でベニズワイガニ漁に出るのは大型船1隻、小型船8隻。このうち福元丸は最新鋭の小型船で、船倉は氷漬けされた朱色のカニで満杯だ。漁に携わって3年目という福本優太さんは「今シーズンでは一番の漁獲」と顔をほころばせた。
体の形や大きさは松葉ガニ(ズワイガニ雄)とほぼ同じだが、色とともに大きく違うのは生息する水深だ。ズワイガニの分布域は200~500メートルだが、ベニズワイガニはより深い500~2700メートルで確認されている。
また、但馬各港の船が漁獲する松葉ガニの漁が11月から3月なのに対し、資源が多いベニズワイガニは9月から5月までと期間が長い。JR山陰線の香住駅や餘部駅周辺では、漁期に合わせて料理店や道の駅が「香住ガニランチフェア」を開催している。
但馬沖で採集、命名
日本海や北海道周辺に広く生息するが、ズワイガニが16世紀には漁獲されていたのに対し、ベニズワイガニの存在が確認されたのは20世紀に入ってからだ。
但馬は「ベニズワイ」という名称が付けられた地でもある。1950年、香住に試験地があった国の日本海区水産研究所の山本孝治氏が、但馬沖で採集された個体に命名した。その後、「ベニズワイガニ」という呼び方が一般的になった。
深海のカニは捕る方法も特別だ。ズワイガニを捕る一般的な底引き網が技術的に難しいため、写真のようなかごを海底に沈め、かごの入り口にサバをつるして誘い込む。かごを約60メートル間隔で約200個ロープに連ねた一式を「一連」と呼び、その長さはおよそ10キロにもなる。
小型のベニズワイガニを逃がすためのリング(矢印部分)が付いたかご(県但馬水産技術センター提供)
鮮度守り活ガニ流通
水揚げされたベニズワイガニ=いずれも兵庫県香美町、香住漁港
課題は鮮度が落ちやすいこと。零度近い低水温の世界にすむカニには、引き上げられる際に通る日本海表層の暖流や海の外の気温が、冬以外はやけどレベルの過酷な環境となる。「とりわけ、まだ日中30度以上の時もある9月は厳しい」と但馬漁協香住支所販売課課長の澤田敏幸さん。このため、多くが鮮度のいい間にボイルされて加工用になる。
ベニズワイガニは鳥取、富山、北海道などでも漁獲されている。香住の特徴は、漁獲時に生きているものを丁寧に扱って「活(かつ)ガニ」として流通させていることだ。
珍しい「黄金ガニ」も
日帰りする小型船は、漁獲から短時間で水揚げできる産地の優位性を生かすために冷水槽を備え、生きのよさを大切にする。
かごには「黄金ガニ」と呼ばれる、珍しいハイブリッドのカニも交じる。ズワイガニとベニズワイガニがともにすむ海域で自然交配した雑種で、朱色が薄い。ズワイガニの身入りの良さと、ベニズワイガニの甘みを兼ね備えたカニとして人気だ。
「生きた黄金ガニとベニズワイガニの多くは東京や京阪神に流通するが、地元でも刺し身などをアピールしています」と澤田さん。
資源保護のモデルに
兵庫では資源保護の取り組みも進んでいる。まず2005年から6月の自主休漁を開始した。08年からは小さなカニを逃がすための直径10センチの脱出リングをかごの網に装着。11年からはリングを2個に増やした。
小型を捕らないための工夫の必要性について、兵庫県但馬水産技術センターの大谷徹也さんは「成長に時間がかかるので、一度資源状況を悪くしてしまうと回復に長い時間が必要になる」と説明する。
対策を重ねてきた成果は顕著に表れている。甲羅の幅が12センチ以上のものの割合が増え、1連当たりの漁獲量は対策を開始したころの2倍以上になった。操業回数は以前の3分の1となり、効率よく価値の高い大型のカニが捕れる漁へ、と変わってきている。
「ベニズワイガニは資源管理について、水産業界と試験研究機関との連携がうまくいっているモデルだと思う」と大谷さんは胸を張る。
但馬沖の日本海における魚種別の漁獲量では、ベニズワイガニはホタルイカに次ぐ2位。いずれも最近まで、京阪神などではなじみのなかった深海の水産物だ。近海の魚が減少する中、鮮度維持や販路開拓、資源保護の努力を重ねて、但馬の中心的な魚種となった。
漁業の営みを支える深海の恵みを守りながら、但馬の豊かな海を再生する流れが、広がってほしい。
Date : 2024.05.29