ぼうぜがに 播磨灘を駆け巡る大物

ぼうぜがに 播磨灘を駆け巡る大物

 対岸まで漁船がびっしり並ぶ=姫路市家島町坊勢

 

夕方、底引き網漁の漁船が列をなして港に帰ってくる。播磨灘の恵みが次々に水揚げされる。ホウボウにナゴヤフグ、アシアカエビ…、魚介が入ったかごの列の中にお目当ての大物がいた。それは「ぼうぜがに」。ガザミ(ワタリガニ)の中でも甲羅の幅が18センチ以上あるものだけに与えられるブランド名で、すぐにタグが取り付けられた。(多彩な自然と人の織りなすテロワールの物語が詰まった兵庫。今回は播磨灘を駆け巡る坊勢島(姫路市)の特産「ぼうぜがに」を紹介する。→ 削除)

 

全国一、841隻の漁船

 

 

 天然の良港に恵まれた坊勢島=姫路市家島町

 

大小40余りの島からなる家島諸島の中で、坊勢島は家島の次に人口が多い。約2千人のうち7割が漁業と関連した生活を営む。841隻という漁船数は、単独の漁港としては断トツの日本一を誇る。

 特産の「ぼうぜ鯖(さば)」やイカナゴなど漁獲された魚は各地の市場のほか、島内の直売所「出買船(でかいせん)」や対岸の妻鹿漁港にある「姫路まえどれ市場」などで扱われる。

 

1日に20~30キロ泳ぐ

 

 ぼうぜがにはオスとメスで旬が異なる。メスは身が詰まって内子(卵)が絶品となる冬。オスは7月から10月で、カニ刺し網漁で捕る。「カニは瀬戸内海の西側から来る。岡山から播磨灘を通って大阪湾に向かう」。刺し網漁を40年続ける上西良一さんはカニの通り道を考えて網を張る。

 ガザミは日本海側のズワイガニなどとは違い、魚のように泳ぐカニだ。1日に20~30キロ移動したという報告もある。夏から秋は交尾期で、メスを求めて動き回っているオスが網に突っ込んでかかる。網の目は5寸(15センチ)と大きい。6寸の網を張る人もいる。

 

 

抱卵ガザミは再放流

 

 ガザミふやそう会の会員募集チラシ

 

兵庫のガザミ漁は、資源管理型漁業の先駆的な取り組みとして全国的に高い評価を受けている。1986年に漁業者有志で始めた「ガザミふやそう会」(事務局・兵庫県漁業協同組合連合会)は、産卵直前のメス「抱卵ガザミ」を再放流する活動を続けている。

 5~9月に漁獲された抱卵ガザミは、甲羅に「とるな」という文字と漁獲した海域、番号を書いて海に返す。漁業者には買い上げ費が支払われる仕組みだ。

 年会費は千円で、漁業者のほか、保護運動の趣旨に賛同する一般会員も募集している。また、時季を問わず、甲羅の幅が12センチ以下の稚ガザミや脱皮直後の軟らかいカニは自主的に再放流している。

 

 

エビ、カニが激減

 

1匹500~600円と安かったガザミをズワイガニのようにブランド化させようと、2004年ごろから「ぼうぜがに」のタグをつけるようになった。昨年1月には地域団体商標も取得。そうしたガザミを守る活動にもかかわらず、漁獲は近年、急激に減少している。

 「平成19(2007)年度に96トンあった漁獲が令和3(21)年度はたった3・4トン。やっと地域団体商標がとれたのに、このままでは幻のカニになってしまう」と坊勢漁協参事の上西典幸さんは危機感を強める。

 「減り方があまりに異常」というのは、エビやシャコなど硬い殻を持つ海の甲殻類の生きものに共通しているという。

 

農薬への懸念

 

 「ほかの魚と減り方が全く違う」。甲殻類の減少に危機感を募らせる上西典幸さん=姫路市家島町坊勢

 

急減の要因には、ノリの色落ちやイカナゴの不漁と同様に、窒素などの排水規制による貧栄養化、気候変動による水温上昇が挙げられるが、上西さんはもう一つ、ネオニコチノイド系農薬の影響を懸念している。

 ネオニコチノイド系農薬の生物への影響は、世界各地で発生したミツバチの大量死との関連が指摘されて注目されるようになった。

 上西さんが懸念する理由はエビ、カニなどの甲殻類と昆虫は生物の世界の分類では近縁関係にあり、体の構造が似ているからだ。

 「大きな潮流がある太平洋や日本海と違い、瀬戸内海は入れ物の中を水がぐるぐる回っているような海」と前述の漁業者上西良一さんは指摘する。同様の声は他地域からも上がっており、兵庫県漁連は県に影響の研究を要望している。

 若手記者の頃に取材した灘のけんか祭りなど播磨灘沿岸の秋祭りの食卓には、ゆで上げたシャコが大皿に山盛りにされていた。いまシャコを売り場で見ることはほとんどない。

 除草剤も含め日本は世界有数の農薬使用国だ。コウノトリ育む農法の拠点である但馬や、トキと水田生態系に配慮した農法が広がる新潟・佐渡など、ネオニコチノイドを禁止するケースもあるが、国の規制は極めて緩い。

 欧州連合(EU)では、生態系や人間に危険性の高い農薬として、「予防原則」を適用して使用禁止の動きを強化している。

 

 私たちの瀬戸内海は、暮らしや経済活動で使う製品の化学物質が長くとどまりやすい閉鎖性海域だ。先人から受け継いできた海の恵みを失ってしまうことがないよう、化学物質への意識をもっと高めることが必要ではないだろうか。