コウノトリ育むお米 日本一の有機無農薬産地

コウノトリ育むお米 日本一の有機無農薬産地

豊岡市の水田地帯「六方(ろっぽう)田んぼ」にある巣塔から、親鳥を呼ぶコウノトリのひなの声が夕闇の集落に響く。住民は「今のつがいでは初めての巣立ちです。あと数日で巣を出るでしょう」と旅立ちの日々を見守る。但馬では今年、約30羽が巣立った。2003年、0・7ヘクタールの田んぼで始まった「コウノトリ育むお米」の栽培は、今では600ヘクタールにまで広がり、日本一の有機無農薬米産地と言われるまでになった。(テロワールの視点で、兵庫の多彩な食の魅力を掘り下げる連載の12回目は→「この記事において」に変更)「コウノトリ育むお米」を紹介する。 

一度絶滅した鳥を人が暮らす農村で復活させる―。世界でも例を見ない「野生復帰推進計画」は03年にスタートした。肉食で大食漢のコウノトリが生きていけるように河川、農地、里山など自然全体を再生するプロジェクト。成功のカギは、絶滅の要因となった農薬や化学肥料に依存する稲作の転換だった。

 害虫を食べてくれるカエルやクモ、トンボなどの水田生物を増やし、除草剤を使わず雑草を抑える。農法確立の20年の歩みが詰まった「栽培こよみ」=表=には、農家がすべき1年間の作業がびっしり記されている。

 

「冬みず田んぼ」

 

 

冬期湛水(たんすい)した水田で、消化液を散布する豊倉町営農組合=加西市内

 

基本は「冬みず田んぼ」で、「冬期湛水(たんすい)」とも呼ばれる。稲作では田植えの春に水を張るのが一般的だが、コウノトリ育む農法では、11月ごろから田んぼの排水口を閉じて水をためる。

 すると稲わらなどが分解され、イトミミズなどの活動によって田んぼにクリーム状の「トロトロ層」ができる。微生物が豊富な数センチの層は水田雑草の発芽を妨げ、稲への栄養供給でも大きな役割を果たす。

 コウノトリ育む農法アドバイザー研究会会長の成田市雄さんは、このイトミミズの重要性を指摘する。「1平方メートル当たり3千匹なら抑草が可能。1万匹なら肥料が要らなくなるとされている」

 田植え後の米ぬか散布は雑草を抑える技術の一つ。また、生き物たちへの配慮から、根の活性化などを目的に田んぼを一度乾燥させる「中干し」を遅らせるルールも生まれた。田んぼで育ったオタマジャクシがカエルになり、ヤゴがトンボになるのを待つためだ。

 生産拡大とともに、専業農家や農協はブランド化と販路開拓を進めてきた。JAたじまは、日本農林規格(JAS)の有機認証、無農薬、減農薬の計約1240トンを首都圏や関西圏、沖縄のスーパーや生協、さらに海外にも販売している。

 だが、この数年は高齢化などで生産者、面積ともに頭打ちとなり、無農薬米へのニーズに十分応えられなくなっている。一方、コウノトリたちは北海道から沖縄、韓国へと飛来して驚かせ、各地で環境再生と生態系に配慮した稲作への転換を促す〝先導役〟となっている。

 

ため池は若鳥の楽園

 

野生コウノトリの生息数は今年300羽を超え、繁殖地は京都、島根、栃木など9府県に広がった。注目を集めているのは、若鳥たちが大挙して訪れている加古川流域だ。東播磨や北播磨は、全国一の2万2千のため池がある兵庫の中でも大型のため池が多く、水を抜く冬になると魚などを食べに集まっている。

 豊岡市立コウノトリ文化館館長の稲葉一明さんは「独身の若鳥たちが、県外にいる仲間を誘いながら来ている」と笑う。

 冬は若鳥たちの楽園となるため池も、水が張られる春以降は姿が見られなくなる。一方、コウノトリに魅了された人々による地域定着を目指したさまざまな試みが始まっている。

 

 

SDGsの日本酒に

 

 生態系の力を生かして育てたJAたじまの「コウノトリ育むお米」=豊岡市内

 

加西市の豊倉町営農組合は、20年から地域資源を循環する「ローカルSDGsの日本酒づくり」に取り組んでいる。冬みず田んぼを基本に殺虫剤、除草剤なしで酒米山田錦を栽培。雨が少ない播磨では困難、とされてきた冬みず田んぼが可能であることを示した。

 組合長の田中吉典さんらは、エネルギー消費の面からも冬みず田んぼを評価する。軟らかいトロトロ層ができると、稲作の常識だったトラクターによる数回の耕運が不要となる。また、食と農の廃棄物の発酵で得られる「消化液」を微生物の活力として与えるほかは、肥料は使わない。「稲作のエネルギー利用を4割削減し、地球環境への負担を減らす」とうたう、2年目の日本酒「環(めぐる)」は9月半ばから発売される。

 

再びカエルの目線で

 

コウノトリの飛来や繁殖で盛り上がる播磨や淡路、県外の福井や、徳島の動きを横目に、朝来市でコウノトリ育むお米を育てる村上彰さんは「生態系を育む」という原点に立ち返って、新たな取り組みを進める。

 村上さんは近年減っていると感じるトノサマガエルに配慮して、冬みず田んぼを見直した。水を入れて池のようにしてしまうと冬眠の場所がなくなるのではと考え、雨水だけをためるようにした。

 さらに、稲作の隣で栽培する黒大豆畑の畝を冬眠用に残すようにした。春に耕す大きな畝から、たくさんのカエルたちが出てくる様子を見て手応えを感じている。「3年畑作をすると水田雑草は生えてこない。雑草対策のためにも黒大豆のメリットに目を向けたい」

 コウノトリと生きようと決めた人々がつむぐ「農」の物語は、空によみがえったこの鳥がいざなう、新しいテロワールを形作りながら続いていく。