明石鯛 複雑な潮流が育む「紅葉」

明石鯛 複雑な潮流が育む「紅葉」

 海水が流れ続けるプールのいけすに浮かぶ数百の青いかごをのぞくと、明石海峡で取れたメイタガレイやカワツエビ、イカなどがうごめいていた。中でもひときわ華やかなのが、マダイだ。

明石鯛は、冬を越すためにエビやカニをたっぷり食べ、脂が乗った身が赤みを増して「紅葉鯛(もみじだい)」と称される。「これだと、小売り段階で数万円。立派な紅葉鯛です」。明石浦漁協の土井祐介さんが、あめ色の光沢がきれいな2キロ以上の明石鯛を手にしながら笑みを浮かべた。

 

目の上の〝アイシャドー〟と体の青い斑点が美しい明石鯛

 

青紫のシャドー

 

 海水の中では、明石鯛の赤い身に浮かぶ青い斑点が小さな宝石のように光る。とりわけ、目の上に青紫のアイシャドーのような輝きを備えたメスの紅葉鯛は、魚の女王と呼ぶのにふさわしい優雅さがある。

 「ちょっと特別な魚で、大きさや身の太り具合だけでなく、痩せても美しければ、高く取引されます」。土井さんが明石鯛ならではの取引について、説明してくれた。

 漁の主流は風呂敷のような網の中へ追い込む五智網(ごちあみ)漁だ。市場に明石鯛を運び込んでいた漁師の槌井章泰さんに聞くと、「その日の天気によって漁をする場所を選ぶ。浅いところで水深5~7メートル、深いところでは網が届く限界の60~70メートル」と話した。

 明石鯛が生きる明石海峡周辺の海の底は、とてもユニークな地形をしている。地形の構造がよく分かる海底の模型が明石市立文化博物館にある。

 

明石海峡周辺の海底の様子。海峡両岸は断崖のように険しい。手前の白っぽいところは鹿ノ瀬=明石市上ノ丸、市立文化博物館

 

 

等深線の幅が狭い濃い青の部分は急斜面の断崖だ。海峡東側の大阪湾では、淡路島の岩屋港(淡路市)に面したあたりから、西に海底がえぐられたような深みがある。

 

最深部は149メートル

 

 最深部は明石の林崎漁港や松江漁港のすぐ沖合の播磨灘で、149メートルほどあるそうだ。その南、淡路島の富島港の沖にも、深く落ち込んだくぼみがある。これらは「海釜(かいふ)」と呼ばれ、潮流の激しい場所でよく見られる。

 二つの海釜の間はなだらかに盛り上がっていて、西側に行くほど浅くなる。その西にある白く細長い線のような場所は水深数メートルの浅瀬で、船からも底がよく見える。尾根のように南西に延びたこの浅瀬周辺が、瀬戸内海でも有数の好漁場で知られる「鹿ノ瀬」という砂場だ。海の砂丘のような地形は、小豆島(香川県)近くまで続くという。

なぜこうした多様な海底地形ができたのか。それは瀬戸内海の成り立ちと深く関わっている。「2万年前、ここには大きな川が流れていたんです」。明石市文化財担当課長の稲原昭嘉さんに解説してもらった。

 2万年前の地球は寒冷化によって多くが氷に覆われ、海面は今よりも100メートル低かった。瀬戸内海は干上がっており、現在の明石海峡や鳴門海峡の場所には川が流れていた。川は紀伊水道で合流して巨大な川となって、太平洋に注いでいた。

 氷期が終わると、太平洋から海水が流入して大阪湾側から海に戻り、水流が淡路島に沿って播磨灘側へと流れ込むようになる。

 1日4回、繰り返される潮流の満ち引きによって海底が削りとられ、特に潮流がぶつかる海域では深くえぐられていった。そして、潮流で巻き上げられた砂が堆積して浅瀬ができる。それが、前述した鹿ノ瀬だ。

 

激流と闘った跡

 

 大阪湾と播磨灘から二つの海流がせめぎ合う明石海峡。海中の流れは複雑に変化している。

 図は海流が東向きから西向きに変わった後の水の流れを示している。場所によっては向きが逆だったり、環流や渦が発生したりしている。

 明石鯛の引き締まった身は、複雑に変化する激しい潮流の海で生き抜いた証しである。環境の厳しさは骨に現れている。

 

 「明石鯛の7、8割は、骨折によってできる骨のこぶがおなかの後ろの方に一つ二つある。大きいのだとパチンコ玉くらいのも」。そう語るのは、明石駅近くの料理店「海蓮丸」の料理長、畠山忍さんだ。

 こぶは、潮流に負けないよう尾びれを激しく動かした際に折れてしまった部分を、再生する過程でできるといわれる。こうした骨折跡は同じ瀬戸内海でも穏やかな海域で育ったマダイには見られない、と畠山さんはいう。

 漁師、漁協、卸売業者に丁寧に扱われた明石鯛は、さまざまな技によって高い鮮度とおいしさが保持される。針金を通して脊髄神経を壊し、腐敗を遅らせる「神経抜き」もその一つだ。

 寒さが増すとともに、明石鯛の一部は紀淡海峡から太平洋へ、一部は明石の深い海底に移動するという。五智網漁も1月から3月は行わない。

 魚を知り尽くした明石の人々の手を経て届く紅葉鯛。その上品な甘味とうま味をしっかり舌に記憶して、春の「桜鯛」と比べるのも楽しい。