19世紀末にロンドンで紹介された日本のホテル

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19世紀末にロンドンで紹介された日本のホテル

資料提供:鈴木 博

 

宝塚に誕生した洋式高級ホテル「タンサン・ホテル」

 

兵庫県を流れる武庫川に掛かる長い木造橋とその先の旅館らしき建物群をとらえたこの写真は1900年前後の宝塚温泉のポストカードで、手前に西洋人が映っています。

今や世界中の旅行者たちが最も訪れたいと希望する日本ですが、当時は1867年にSAMURAIの世だった「江戸時代」が終わって間も無くの頃。世界の人々にとって日本は未知なる国でした。

宝塚温泉の歴史は古く800年前の古文書にも紹介されていますが、一般的な温泉地として開業したのは1887年。そんな時代に突然、「タンサンホテル」という名の外国人を誘致する洋式高級ホテルが誕生したということですから驚きです。

 

資料提供:鈴木 博

 

中空から撮影されたこのポストカードにはTakaradzka near the Tansan Springsと記されています。今は住宅地になっていますが、ここがホテルの所在地だったようです。

 

当時、世界各地の旅行ガイドブックを出版し人気を集めていたのがロンドンのマレー社の『Handbook For Travellers IN JAPAN 』。
タンサンホテルは、この世界的ガイドブックの日本版にいち早く登場しましたが、宝塚温泉が海外で紹介されるようになった背景にはひとりの英国人の実業家の存在がありました。

 

宝塚市内のウィルキンソンタンサン解説看板

 

 

その名はジョン・クリフォード・ウィルキンソン/John Clifford Wilkinson。
今も世界的なブランドである炭酸飲料ウィルキンソンタンサンの創業者です。
※現在は日本のアサヒ飲料株式会社が製造・販売


1878年頃に来日したウィルキンソンは1887年頃に狩猟の途中で立ち寄った宝塚で炭酸水が湧き出しているのを発見しました。
それをロンドンの検査機関に送って分析したところ、医療用・食卓用として良質な水であることが分かり、瓶詰め商品化を計画したところ大成功。

宝塚に工場を設立し世界各地に販路を広げていく中で取引先を迎えるホテルを建築したわけです。

 

国際交流のはじまりは神戸港

 

19世紀後半に開国した島国の日本にとって重要な役割を担ったのが横浜・長崎・函館・新潟・神戸に誕生した新しい貿易港でした。

 

ライトアップされた商船三井ビルディング/神戸市

 

1868年に開港した神戸港の近くには外国人居留地が整備されましたが、数々の洋館と街路や公園が計画的に整備されたエリアは100年以上の時を経てエキゾチックな観光地となっています。
居留地を設計したのはイギリス人土木技師のJ.W.Hartでした。

英国商人として有名な人物に造船業を中心に日本の近代化に尽力したハンター商会のエドワード・ハズレット・ハンター(Edward Hazlett Hunter)がいます。
ハンター商会の事務所は外国人居留地の29番にありましたが、来日したウィルキンソンは起業前にハンター商会グループで働いていました。

ウィルキンソンも創業当初から外国人居留地32番に事務所を開き、営業活動と輸出業務を行いました。

往時の雰囲気が今も残るこのエリアは神戸市が誇る観光スポットになっています。

 

北野異人館 風見鶏の館/神戸市

 

また、神戸港や居留地を一望できる北野という高台には異人館街があります。
世界各国から集まる外国人の増加で居留地が手狭となったため、有力な商人たちは環境のよい山手に住居を建てました。
その後、200棟を超えるコロニアルスタイルの異人館が建築されたそうですが、今も見学可能な施設が残り観光地として人気です。

神戸には外国人シェフも多数存在したので、北野界隈には英国をはじめ、フランス、イタリア、インド、中国などの料理店が点在し、観光地としての魅力を高めています。

 

Handbook For Travellers IN JAPAN  に掲載された広告 資料提供:ホテル若水

 

このように貿易港の神戸と炭酸水工場のある宝塚を結ぶビジネスを展開したウィルキンソンでしたが、当時はそこをつなぐ鉄道がありませんでした。

マレーのガイドブックに掲載されたホテル広告をよく見ると、そのアクセス方法が…
TAKARADZUKA is one and a half hour by Rail and Jinrikisha from Kobe
(宝塚へは神戸から鉄道と人力車で1時間半)
と記されています。

 

宝塚まで鉄道がつながったのは1897年ですから、それまでタンサンホテルを訪れる旅行者は人力車体験をしていたことになりますね。

 

歴史を受け継ぐ温泉街

 

「天然たんさん水 この下にあり」と刻まれた石柱が写ったこの写真をご覧ください。
当時のポストカードでは武庫川に架かる橋の手前にあった石柱が、今は川沿いに建つ宝塚温泉ホテル若水の敷地内に復元されています。

ここから武庫川を覗き込むと、今でも川底から炭酸気泡が湧き出る様子をみることができます。

 

資料提供:鈴木 博

 

良質の温泉と炭酸水が湧く宝塚は鉄道の開通により温泉地として発展していきますが、観光集客に寄与した大きな存在が中山寺です。

 

中山寺

 

中山寺は聖徳太子という6〜7世紀に日本の政治の主導権を握っていた人物が創建した霊場で、その後の日本史に登場する武家の有力者たちから熱い信仰を受けてきました。

巡礼の道として有名な「西国三十三所観音霊場」をはじめとする様々な巡礼の札所でもあり、日本国内はもちろん、世界中から巡礼者が訪れる他、安産祈願のお寺としても有名です。

中山寺山門 仁王像

 

中山寺を訪問される方は入口となる山門で、この仁王像を見ることができます。
仁王像は寺への外敵侵入を防ぐ像で、山門の左右に怖い形相をした二体が並び立っています。

ウィルキンソンが初期に発売した薬効水(MEDICINAL WATER)の名前は「NIWO(仁王水)」でしたが、そのラベルは中山寺の仁王像をヒントにデザインされています。

「胃腸を仁王の如く強くする」というコンセプトだったそうですが、よく見ると仁王像の顔のモデルはウィルキンソン本人で、右手でボトルを掲げています。

 

資料提供:ホテル若水

 

その他にも宝塚温泉の近隣には是非訪れていただきたい以下の観光スポットがあります。

・清荒神清澄寺
896年創建の由緒あるお寺で、神社と仏閣が同居するパワースポットが点在地。阪急電鉄清荒神駅から続く参道は「龍の道」と呼ばれ、飲食店や土産物店などが立ち並ぶ。
https://kanko-takarazuka.jp/english/recommend/culture_detail.php?id=97

・手塚治虫記念館
ASTROBOYやBLACKJACKが世界的に有名な漫画家の手塚治虫。彼が5歳から24歳までの20年間を過ごした宝塚にある記念館。
https://kanko-takarazuka.jp/english/recommend/art_detail.php?id=66

・宝塚歌劇団
兵庫県宝塚市に本拠地を置く女性歌劇団。客席数2500人以上の大規模専用劇場で常時公演が行われている。
https://kanko-takarazuka.jp/english/special/kageki/

 

 

温泉博物館のようなホテル

 

ホテル若水

ウィルキンソンとタンサンホテルの歴史を現代に伝えるのが宝塚温泉の「ホテル若水」。
8階の大浴場入口前には、この記事でご紹介したポストカード写真をはじめとする宝塚温泉史の展示コーナーがあります。

 

資料提供:ホテル若水

 

ウィルキンソン商品の歴代ボトルラベルなど貴重な資料も残されていて、ご宿泊の方にはご覧いただくことができます。

 

ホテル若水 展示物

 

宝塚ハイボール/ホテル若水

 

また、旅の思い出に是非味わっていただきたいのが「宝塚ハイボール」。
スミレ色のリキュールとウィルキンソンタンサン、琥珀色のウイスキーを重ねた3層仕立てのオリジナルカクテルです。

宝塚の歴史にその名を残すジョン・クリフォード・ウィルキンソンの軌跡をたどるエキゾチックな神戸から宝塚への旅をご計画ください。