日本海、瀬戸内海、中国山地、個性豊かな島々と、多彩な風土に恵まれた兵庫。そこに人の手が加わり、世界に誇る食材や文化が生まれ、長い間守り受け継がれてきました。それらが生まれたルーツや背景、人々の想いを探る「兵庫テロワール旅」に出かけ、兵庫の食材の真の“旨み”を味わってみませんか?

シワ状に隆起域と沈降域が繰り返す瀬戸内海

本州・四国・九州に囲まれ、7,230kmにも及ぶ長大な海岸線に700余の島々が浮かぶ瀬戸内海。その地形を眺めてみると、「灘」と呼ばれる海が広がる低地と、高地である陸がせり出す「瀬戸(海峡)」が繰り返し現れ、瀬戸内海全体がシワ状の形をしていることが分かります。この地盤のシワは、今から約300万年前に起こったフィリピン海プレートの大方向転換に起因しており、プレートの沈み込みの圧力により、地盤に歪みや変形が生じ、瀬戸内域はシワを寄せるように変形していったと考えられています。瀬戸内海では、この瀬戸と灘の繰り返しと地球の潮汐現象により海峡を挟んで海面の高低差が生まれ、高速潮流が発生。この特異な地形と地質が、瀬戸内海に豊かな生態系をもたらし、明石鯛や明石タコなど、筋肉質で旨みの強い魚介を育てています。

弧状の日本列島に守られた日本海

日本海の形成が始まったのは、今から約2500万年前。日本列島はかつてアジア大陸の一部でしたが、火山活動により大地の分裂が起こり、約1000万年もの歳月をかけて現在の位置まで移動したと考えられています。この過程で、せり出した日本列島とアジア大陸の間に日本海が形成されました。多くの海峡に面する日本海ですが、最深部の水深は約3,800メートル。これは富士山の標高とほぼ同じ深さです。一方、海峡の水深は百数十メートルほどしかないため、深海部では日本海と外洋が混じり合うことがなく、ほとんど出入り口のない器に塩水がたまったような“孤高の海”になっています。そして冬季には、大陸からの季節風によって海面が結氷するほど冷え込みます。この冷却作用により、表層水が海洋内部に沈み込み、海水が循環する独特の構造が生まれます。兵庫県北部の香住漁港で水揚げされるベニズワイガニ「香住ガニ」は、この日本海の環境に育まれた海の幸の一例です。

国生みの島・淡路島

淡路島の「国生み神話」も地球の活動が関わっています。今から遡ること約2万年前の氷期〜氷河期にかけて、海水が凍って海水面が下がり、淡路島を含む瀬戸内地域には広大な陸地が広がっていたと考えられます。氷河期が終わると氷が溶けて海進が起こり、のちに明石海峡や鳴門海峡が形成され、播磨灘まで海は拡大しました。陸地が海に沈み海中に淡路島が急に現れたように見えた。それが「国生み神話」の基と考えられます。国生みだけでなく御食国としても名を馳せる淡路島。北に明石海峡、南に鳴門海峡が面し、早い潮流や豊富な海藻類に恵まれ、トラフグやハモ、ウニやアワビといった数々の海の幸を擁します。また淡路島を代表する特産物である玉ねぎは、水はけの良い土地を好み、プレートの動きにより形成した諭鶴羽山地の南側の砂だまりを農地として利用することで広がっていきました。

激しい潮流で鍛えられた、明石鯛・明石ダコ

栄養豊富な明石海峡で激しい潮流にもまれて育つ「明石鯛」や「明石ダコ」。筋肉質でぎゅっと引き締まった身には旨み成分が濃集しています。また明石海峡の高速潮流によって運ばれた砂が造る浅瀬には日光がよく届き、海藻や海草が茂ります。この砂は陸域に広がる六甲山塊の花崗岩が風化したもので、硬く風化しにくい「石英」が主体となり、粗く隙間の多い砂になります。こうした環境では酸素が十分に行き渡り、魚の餌となるプランクトンが大量に発生。その結果、エビ・カニ、イカナゴなどの小魚が湧き、鯛をはじめとした魚たちの良質な餌となります。明石鯛にしか見られないブルーのアイシャドウは、甲殻類の殻に含まれる虹色素胞に由来しています。水揚げされた鯛は、明石港の巨大な生簀で半日泳がせることでストレスフリーな状態で取り扱われます。さらに「明石浦〆」と呼ばれる独自の神経締めを施して、市場や料理店へ劣化せずに運ばれます。恵まれた好漁場と職人技が「日本一」のおいしさの秘密です。

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  • 濃醇辛口な飲み口で一線を画す、灘五郷の清酒

    全国の日本酒生産量の約25%を占め、日本一の酒どころとして知られる「灘五郷」。神戸市の西郷・御影郷・魚崎郷、西宮市の西宮郷・今津郷から成るこのエリアは、北側に六甲連峰がそびえ、その伏流水は「宮水(西宮の水)」として、古くから灘の酒の仕込み水に使用されてきました。この宮水は花崗岩地域を通りさらに貝殻が堆積した海辺の地層を通ることでカリウムとカルシウムを含みます。さらに、酒の品質劣化を起こす鉄分を含まず、最高の酒造好適水といわれます。これによりアルコール度数の高い酒の醸造が可能で、灘の酒の特長である「濃醇辛口」な飲み口となり、「白鶴」「大関」「日本盛」「菊正宗」といった全国に誇る逸品を生み出してきました。加えて、冬には西からの季節風が六甲おろしとなって吹き降りてくる地形も、「寒造り(かんづくり)」に極めて適した気候をもたらし、上質な灘五郷の清酒造りに一役買っています。

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  • 逆転の発想で生まれた、たつのの淡口醤油

    全国三大醤油生産地の一つに数えられるたつの市。この地を流れる揖保川の伏流水は軟水で鉄分が少なく、「淡口(うすくち)醤油」の醸造に適した環境を有しています。さらに、播磨平野から産出される大豆、小麦、米、赤穂の塩などの主原料が容易に入手できたことや、京都・大阪などの大きな消費地が近くにあり、海と河川の船便で輸送ルートを確保できたことも醤油づくりが栄えた理由です。淡口醤油が龍野で発案されたのは1666年。発酵が進みにくい軟水の性質を逆手にとり、あえて塩分を加えて酵母による発酵を抑えることによって淡い色合いの醤油に仕上げました。さらに龍野では醸造も盛んだったことから醤油に甘酒を加える機転が功を奏し、旨みのあるまろやかな味わいが実現。素材や出汁の味を生かした京料理をはじめとする関西の食に欠かせないものとなっていきました。播磨の小京都と呼ばれ、かつての面影が残るたつの城下町には「うすくち龍野醤油資料館」があります。ぜひ足を運んで、より深く醤油のテロワールストーリーに触れてみてください。

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  • 日本海で最速解禁、香住ガニ

    日本海を代表する食材といえば、11月〜3月に獲れるズワイガニ「松葉ガニ」。それよりもひと足はやく解禁され、9月~5月と長い漁期で楽しめるのが、関西では香住漁港だけで水揚げされるベニズワイガニ「香住ガニ」。松葉ガニより1,000mも深い海底の栄養豊かな海洋深層水で育ち、締まった身とみずみずしい甘味が自慢です。日本海にカニが多く生息する理由の一つに、カニが育つ冷水域が、太平洋やフィリピン海に流れ出ることなく日本海深部に留まっていることが挙げられます。これは日本列島が日本海を包み込むように弓なりの地形をしていることに起因しているのです。香住ガニは比較的安価でありながらも、ズワイガニを凌ぐ甘みをもつとも言われています。ゆでガニやカニ刺し、丸ごとのっけたカニ丼などで、香住ガニの贅沢な旨みを存分に楽しんでみてください。

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  • 最高級と称される、淡路島由良のウニ・天然活アワビ

    雄大な山々と、明石海峡・大阪湾・紀淡海峡に囲まれた淡路島の港町・由良(ゆら)。黒潮の強い流れが、山々が育んだ栄養素を由良の海全体に行き渡らせ、魚やウニが育ちやすい絶好の環境をつくっています。高速潮流が巻き上げた砂が堆積した浅瀬に食料となる海藻が豊富なのも、ウニにとって理想的。5月はムラサキウニが、8月は赤ウニが旬を迎えます。一般的にウニ漁は、船の上から収獲する「いさり漁」が知られていますが、由良では素潜り漁が主流。熟練のウニ漁師が素潜りで一つ一つ獲るため水揚げ量が少なく、市場にはなかなか出廻りません。特に赤ウニは“幻の赤ウニ”と呼ばれるほど貴重。同じ由良で上がる黒ウニと比べてもさらに雑味がなく、澄んだ甘さととろけるような舌触り、由良特有の上質な磯の香りが特徴です。同様に、昔ながらの素潜り漁が守られている「淡路産天然活アワビ」は、海藻類が豊富な淡路島沿岸で獲れる希少品。黒アワビはコリコリとした歯ごたえが特徴で、反対に身質が柔らかい赤アワビはバター焼きなどで楽しめます。

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  • 伝統漁法で守られてきた、極上べっぴん鱧

    沼島沖をはじめ南あわじ市で獲れる鱧(ハモ)は、胴の太さに比べて頭が小さく、小顔に見えることが特徴です。また「はも延縄」という漁法で一匹ずつ丁寧に釣り上げられるため、傷が少なく金色の美しい魚体が保たれ、「べっぴん鱧」や「黄金鱧」と呼ばれています。沼島の海底を形成するのは、数千万年前に地下深くから上昇してきた泥質の三波川変成岩。このやわらかな泥質によってハモが巣穴を掘りやすく、泥にやさしく包み込まれることで、柔らかな皮のハモが育ちます。瀬戸内海の高速海流により沼島沖には常に新鮮な海水が供給され、鱧の餌となる甲殻類や小魚が多く生息。この栄養豊富な海域で育った沼島の鱧は、ビタミンAが豊富で肌の老化を抑えるコンドロイチンも蓄えています。定番料理は、鱧と同じく夏に収穫期を迎える淡路産玉ねぎと合わせる「鱧すき」。さらに脂がのってくる秋の「落ち鱧」も絶品です。

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  • 手塩にかけて育てる、淡路島3年トラフグ

    通常の養殖フグは2年物が一般的ですが、南あわじ市の福良湾で40年ほど前から養殖に取り組んでいる淡路島3年トラフグは、鳴門海峡の潮の速い漁場で更に1年かけて、一般的なフグの倍の大きさに育て上げます。高速潮流に耐えうる上質な筋肉をまとったトラフグは、天然トラフグに引けをとらない濃厚な旨みがあり、てっさ(刺身)やたたき、しゃぶしゃぶで楽しむことができます。フグの大型化に伴い、フグ同士が傷つけ合わないよう上の歯は抜き、下の歯は切るといった工夫も。また3年目にはメタボにならないよう餌の量を減らし、出荷前になるとイカナゴやオキアミなどをたっぷり与えて栄養を補給するなど、手塩にかけて育てられています。

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  • 抜群の甘さの虜に。淡路島の玉ねぎ

    「甘い・やわらかい・みずみずしい」の三拍子がそろい、全国にその名を轟かせる「淡路島産玉ねぎ」。一般的な育成期間に加えて2、3ヶ月熟成期間をおくことで、通常の2倍近くの糖度を誇ります。淡路島は一年の平均気温が16度前後と温暖な気候で日照時間が長く玉ねぎづくりに最適。またプレートの動きで出来た諭鶴羽山地の北側には水はけのよい砂がたまりそのエリアを中心に玉ねぎが栽培されてきました。その土壌には玉ねぎの辛みを少なくすると言われる海のミネラル成分が豊富に含まれています。生で食べるとシャキッとみずみずしく、加熱するととろとろの食感に。収穫時期によって糖度やおすすめの食べ方が異なるので、食べ比べを楽しんでみては。

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  • 日本酒界に革命を起こした山田錦

    戦前に兵庫県で開発された酒米「山田錦」。全国で約1,200ある蔵元の中で約550が兵庫の山田錦を使用するなど、誕生してから80年経った今でも、酒米の王者として君臨し続けています。中でも最高品質の酒米が穫れる三木市と加東市にある「特A地区」は、標高が高い山間棚田地帯にあり、昼夜の気温較差が大きく、降水量が少ない、さらには2-1型スメクタイトと呼ばれる黒粘土の土壌にも恵まれ、米作りに最適な条件がそろいます。一部地区では「への字型栽培」や「稲木架け自然乾燥」など昔ながらの栽培方法が守られ続け、人の手によって地の利を最大限に生かした酒米作りが行われています。

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  • 手撰てよりで良品を選別、丹波黒大豆・丹波大納言小豆

    もちもちとした食感、極上の甘みと旨みで黒豆の最高品種と名高い「丹波黒」。名産地である丹波篠山は作物の生育に欠かせない鉄分の多い土壌が広がり、さらに昼夜の寒暖差が大きく、早朝にこの地域特有の「丹波霧」が立ち込めることで畑が潤い、上質の黒豆が育つといいます。自然と人の手で育まれてきた「黒豆の頂点」は大粒の宝石のような輝きを放っています。同じく丹波で栽培される小豆は、古来より味の良さで知られ、幕府にも献上されていた高級品種。大粒で甘く豊かな風味を持ち、鮮やかな濃赤色の俵型が特徴。さらに「煮ても割れない」のが大きな魅力。そのおいしさと品質の良さから、多くの老舗が高級和菓子の材料として取り入れています。

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  • 名だたるブランド牛の素牛・但馬牛

    神戸ビーフ、松阪牛、近江牛など日本が世界に誇る黒毛和牛。実はその99.9%が兵庫県北部の香美町小代地区で生まれた一頭の但馬牛「田尻号」の子孫といいます。山と谷に囲まれた小代(おじろ)地区では1200年前から純血の但馬牛を育む「閉鎖育種」で優れた血統を築き上げてきました。日本海型気候で、冬は山間部を中心に積雪が多く、厳しい寒さに見舞われる美方地域で育った牛は上質な脂を蓄え、霜降りが細やか。甘くてやわらかな肉質は有名ブランドの素牛にふさわしい品格です。

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  • 参考文献:光文社新書『「美食地質学」入門~和食と日本列島の素敵な関係』巽好幸 (著)