三木城を陥落させた秀吉が播磨攻めの総仕上げとして配下を派遣して攻め落とした城が篠ノ丸城です。地元では黒田官兵衛も戦いに参加したと伝えられ、後に宍粟郡を与えらた際にはこの城に居城したと推測されています。本丸跡には碑が立ち、二の郭、三の郭跡、空堀や土塁の跡が確認できます。
篠ノ丸城は、長水城(山崎町宇野)と並んで中世宍粟の領主であった宇野氏が居城した山城です。
天正8年(1580)の羽柴秀吉の播磨攻めにおいて落城し、播磨の戦国時代は終焉を迎えました。地元の伝承ではこの際黒田官兵衛も従軍したと伝えられ、後に官兵衛が宍粟郡の領主となった際には、篠ノ丸城を居城としたと推測されています。
城内で最大の面積を持つ主郭には石碑が建てられ、その他にも空堀・土塁などの遺構を見学することができます。
住所 | 〒671-2579 宍粟市山崎町門前最上山公園 |
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営業時間 | なし |
定休日 | なし |
料金 | 無料 |
駐車場 | あり 料金:無料公衆トイレ:有 |
アクセス |
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お問い合わせ | しそう観光協会 |
TEL | 0790-63-3117 |
H.P | http://www.city.shiso.lg.jp/soshiki/kyoikuiinkai/rekishishiryokan/h_topics/1408087403443.html |
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