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“ありのまま”が美しい。持続可能なテロワール旅

公開日|2022年9月15日

感染症パンデミックや地球温暖化による気候変動、そして世界各地で今なお続く紛争など、さまざまな問題に直面している現在、持続可能な開発目標・SDGsを意識する機会が増えています。観光業においても「サステナブルツーリズム」へのアプローチが求められる中、日本における持続可能な観光の第一人者であり、淡路島を拠点にその実践を行われている高山傑さんにお話を伺いました。

高山傑(たかやままさる)

高山傑(たかやままさる)

1969年京都市生まれ。カリフォルニア州立大学海洋学部卒。2022年現在までに約80か国700都市を訪問し、持続可能な観光の国際基準に準拠した審査やアドバイザー業務を国内外で行う。「株式会社スピリット・オブ・ジャパン・トラベル」代表取締役。「アジアエコツーリズムネットワーク(Asian Ecotourism Network)」、「一般社団法人JARTA」代表理事。兵庫デスティネーションキャンペーン アドバイザリー・ボード委員。

「外」と「内」から見た、憧れのアイランド・淡路島

日本最古の歴史書『古事記』の冒頭を飾る「国生み神話」。淡路島はその神話の中で、日本で最初に生まれた「国生みの島」とされています。

そんな歴史深い淡路島の洲本市にある国登録有形文化財「春陽荘(しゅんようそう)」を拠点とし、観光の視点からサステナブルな社会づくりに取り組む高山傑さん。伝統的な淡路瓦づくりの古民家で和服に身を包み、煎茶と羊羹を用意して取材陣を迎えてくださいました。日本人らしい振る舞いを見せる高山さんですが、実は高校時代から12年間はアメリカ暮らしという意外なバックグラウンドが。

アメリカの私立高校にて友人と親しむ高山さん

「私が中学生くらいの頃、男はみんな丸刈りにされて、日本はなんてダサいところだって思ってたんです。同時にアメリカへの憧れがずっとあって、中学を卒業した後アメリカに渡りました。アメリカに行ったらすぐロン毛にしましたよ(笑)。そんな軽い気持ちで単身留学を決心したんです」。

当時、京都大学関連施設の病院に勤めていた父と母は、高山さんの留学を機に、全国各地から優秀な開業医を集めていた淡路島へ転居。それが高山さんと、縁もゆかりもなかった淡路島との出合いとなりました。

「夏休みに日本へ帰るとき、アメリカの友達に“実家はアイランドなんだぜ”って言うと“cool!”ってチヤホヤされて。僕自身、伊丹空港に降り立って、甲子園からフェリーで初めて淡路島へ渡ったときは、海に囲まれた旅情ある景色が美しくてすごくワクワクしましたね。それに海って広くて、知らない生き物がたくさん住んでいて、無限の可能性を感じるじゃないですか」。

幼い頃から海好きで、休みの日には父親と磯釣りを楽しんでいたという高山さん。アメリカの大学で海洋地質学を専攻し、卒業後は設計事務所に就職します。そこでは港湾設計などに携わりますが、自然環境に人の手を加える開発事業に疑問を感じ退職。ちょうどその翌年に阪神・淡路大震災があり、両親が暮らす淡路島への帰郷を考えるきっかけになりました。

「震災で親が死と隣り合わせになったとき、今後は親のそばにいて親孝行してあげたいという気持ちが強く生まれました。それに海外(“外”)に出たことで、自分が母国について何も知らないということをひどく痛感させられて。“内”からもっと理解を深めたいなという思いもありましたね」。

アメリカテレビ局CBSにて、長野オリンピックの通訳に従事する様子

拠点を淡路島へ移した高山さんは、英語力を生かし国際会議通訳や大手ホテルグループのVIP対応などに従事。その中で、もっと自分の国について知る必要があるとあらためて感じ、日本語の単語や文法、日本の歴史と文化、そして新たに地元となった淡路島の「国生み神話」についても学んだそうです。

「すごいところに来たんやなって思いましたよ。国生みの島って日本、つまりは私たちの母なる大地じゃないですか。また淡路島には日本神話で最古の神社・伊弉諾(いざなぎ)神宮や500年以上続く伝統芸能・淡路人形浄瑠璃なんかもあって、地域DNAがすこぶる強い。花めぐりや人工的なリゾートだけではなく、淡路島が元来持っている本質的なポテンシャルをいかした観光を展開したいと考えるようになりました」。

運命の地・コスタリカで体験した「地域を幸せにする観光」

京都府南山城村にて、茶摘み体験を楽しむフランスからの観光客。

“持続可能な観光”を体験を通じて発信しようとの思いで2008年に高山さんが立ち上げたのが「株式会社スピリット・オブ・ジャパン・トラベル」。サステナブルツーリズムという手段を用い、日本で失われつつある原風景や伝統文化、漁業や農業など、自然を利用した体験型観光を提案する旅行会社です。
※サステナブルツーリズムとは、自然・歴史・文化といった地域の大切な資源を守り、いか しながら、地域の雇用や経済成長を生み、地域の発展に繋げる観光のあり方。

コスタリカのホームステイ先にて

高山さんが、サステナブルツーリズムの前身でもあり、自然環境保全を目的とした観光という概念でもあるエコツーリズムと出合ったのは、通訳時代に出張で訪れたコスタリカ。カリブや太平洋、熱帯雲霧林など、豊富な自然を資源として、国を挙げて観光振興に取り組むエコツーリズム先進国です。高山さんは、コスタリカで地元の人に勧められ参加した「ビレッジツアー」が人生を180度変えたと、当時の衝撃を語ります。 ※国連総会によって、2002年が「国際エコツーリズム年」と定められました。それに対し、「開発のための持続可能な観光の国際年」が規定されたのは2017年。エコツーリズムは15年かけてサステナブルツーリズムに進化しました。

「まずツアーの開催地に着いて驚いたのは、村の人が総出で出迎えてくれて、“ありがとう”と一生懸命私に言うんです。このツアーに来てくれた観光収入で、この村に学校と病院ができると。コスタリカでは“観光がアウトプットではなく、公共インフラをつくる手段である”という仕組みに、稲妻が走りました」。

コスタリカのツアー時、ジャングルには道がないためボートで移動する様子

ツアーでは、村の人々が生まれ育ったジャングルの仕組みや、どれだけジャングルに恩恵を受けているか、どうやってジャングルと共生しているかといった自然環境についても学んだ高山さん。村の魅力に触れることはもちろん、現地の人々の暮らしや環境問題など、本質的なことが体感できるエコツアーの面白さに引き込まれます。

以後、コスタリカを中心に中南米で一年半スペイン語留学をし、環境に優しい宿泊施設「エコロッジ」を拠点としたエコツーリズムを研究。日本でのエコロッジの普及を夢見て、アジアで初めて持続可能な国際基準を満たしている審査機関と認められたエコロッジ推進団体「NPO法人エコロッジ協会」を2004年に立ち上げました。
※「NPO法人エコロッジ協会」は2018年11月に日本での活動を終了し、その活動をアジア全体に引き継ぐため、ガイドラインの所有権を含め、団体の一切の権利を「アジアエコツーリズムネットワーク(Asian Ecotourism Network)」に譲渡。合併という形で事業は継続され、高山さんは17ヵ国が加盟する同ネットワークの理事長を勤めています。

淡路島は兵庫県を代表する人気の観光地ですが、実は多くの環境問題に直面していると、高山さんは警鐘を鳴らします。

「地元の人は大量に流れ着いた海の漂流ゴミに悩まされています。それに、海沿いにはナルトサワギクというかわいらしい黄色い花が一面に咲いていますが、実は草食動物に対して有害な毒を持つ外来種で、猛烈な繁殖力で広がっています。ほかにも地球温暖化による洪水や、森林伐採による土砂崩れのリスク、少子高齢化で竹林が荒れ放題など、数え切れないほどの問題を抱えています」。

知床半島にて、シーカヤックで拾った漂着ゴミをチャーターした漁船に上げている様子

「株式会社スピリット・オブ・ジャパン・トラベル」が提供する旅行ツアーでは、こういった環境問題について学び、観光客自らが解決に向けて取り組む機会を設けています。

また、サステナブルツーリズムを実現するにあたって最も重視すべきことは、その地域の“ありのまま”を楽しんでもらうことだと高山さんは強調します。

「観光客のために、ありのままの日常や風景を変えてしまってはアカンのですよ。観光客と地元側の線引きを、日本人は観光客側に引きがちなんです。背伸びしてオシャレな施設を建てて、トイレや駐車場を整備して、でもそれが長い時を経て培ってきた地域の文化や景観を壊していたら意味がないでしょう。その線はもっと地元側に引くべきであって、お客さんは、その土地でしか感じることの出来ない文化に触れたり、地元の人と交わったりすることに、発見だったり楽しさを見出すんです」。

サステナブルツーリズムの拠点『春陽荘』

かつて淡路島を拠点に造船業で富を得た岩木家の社長宅兼事務所であった「春陽荘」。昭和初期の建造物を象徴するスタイルで、風水を取り入れた和風建築の母屋と近代的な要素を取り入れた洋館が調和した建物です。歴史的景観や造形に優れ、再現が容易でないという観点から、2004年に国の有形文化財として登録されました。

サステナブルツーリズムの拠点となる古民家を探していた高山さんは、売りに出されていた「春陽荘」と出合い一目惚れしたと言います。予定していた予算を大きく上回る額でしたが、高山さんは、これからライフワークとして行っていくサステナブルツーリズムの拠点として「春陽荘」を選びました。

拠点に選んだ理由を高山さんに問うと、「ここは風貌が淡路島っぽくないでしょう?」と意外な答えが。「海辺にある真っ白なリゾート施設じゃなくても、路地裏にだって魅力がいっぱいあります。春陽荘の周りには空き家が沢山あるので、将来的に春陽荘をチェックインカウンターにして、空き家を宿泊施設にしたいですね。そこで地域の雇用を生んで、観光客の方は地元の人と一緒に魚を捕るとかみかん狩りをするとか、ありのままの日常に触れる。そういう地域と密につながる経験が美しく、持続可能な観光のあり方なんです」。

「春陽荘」では一部の建物で宿泊サービスを提供しているほか、地元の中学校の郷土部による淡路人形浄瑠璃の公演会や、落語や琴の演奏など、日本文化をテーマにした郷土芸能祭も開催しています。

「春陽荘」にて披露された淡路人形浄瑠璃

「文化財を手入れして守っていくだけでは意味がありません。利用してもらって経済を回す、かつ地域の人と絡んでいくことが、サステナブルツーリズムの3本柱“環境・社会(文化)・経済”全てに還元することになります」と高山さん。淡路島が誇る歴史・文化や風習が、今後長きに渡って伝承されるための拠点として「春陽荘」を運営することで、持続可能な観光資源化を実現したいと腕を鳴らします。

全国から兵庫県への誘客を図る2023年夏の大型観光キャンペーン「兵庫デスティネーションキャンペーン」。そのメインテーマになっている「兵庫テロワール旅」の企画立案や戦略策定において、高山さんはアドバイザーも務めています。土地のルーツや背景を探り、食や文化、地域の人々の暮らしに触れる兵庫テロワール旅は、まさに“持続可能な旅”のあり方だと見解を示します。「観光地化されていないところこそ地域の宝です。ありのままを旅して、ありのままの人々に出会う。そういった視点で兵庫を旅してみてはいかがでしょうか」。

日本人としての誇り、そして海外で培った視線で日本への敬意を持ち、関西人ならではのユーモアセンスを交えながら取材に応じてくださった高山さん。「春陽荘にお客さんが来るときは、スタッフのおばちゃんにくぎを刺すんです。“紅さしたらあかん!いつものすっぴんとモンペのままで出てきて!”って」。高山さんは、持続可能な日本の未来に向けて、今日もありのままの飾らない笑顔を咲かせます。